みしゃこが帰ってきました。

・6/19 通院 ステロイド&抗生物質
注射(この日は夕方、自ら食事)
・6/20 強制給餌
・6/21 強制給餌
(夜には発熱)
・6/22 朝晩二回通院
・6/23 朝晩二回通院
・6/24 朝通院、夜死亡
・6/25 深大寺へ出発
・6/26 午前9:20に火入れ
・6/27 帰宅
まさに怒涛の一週間を過ごしたわけで・・・。
みしゃこの死を悼み、私を気遣ってコメントを残してくださった方々、メールを下さった方々、お花を贈ってくださった方々、駆けつけて一緒に送り出してくださったAさん、ご自分のところで記事にまでしてくださった方々、本当にありがとうございました。
本来なら個別にご挨拶をすべき所なのですが、なんだか・・・今はどうしても出来ないのです。どうぞお許しください。
「みしゃこ」は「みいしゃ」でして、つまり本来は猫のみいしゃが存在して、それがいつの間にか私がHNとして「みいしゃ」を名乗り、猫は「みしゃこ」または「うし子」、私自身はあの子を「みしゃこさん」「みしゃさん」「うし子さん」と呼んでいました。
「みしゃこ」と「みいしゃ」はまさに表裏一体、そんな関係でした。
穏やかに坦々と過ごす姿は、まさに私の理想そのもので、私が初めて生活を共にしてきた猫でもあり、おっとりと穏やかで、私にとってはかけがえのない猫だったのです。
年をとって「老衰」と言うのでなかったことが、なんとしても心残りです。もっときちんと検査を受けされれば良かったとかあの時ああしていれば、こうしていれば、と悔やむ事ばかりで。
何故こんな形で死なせて仕舞ったのか?と、辛い気持ちのまま、今現在を過ごしています。
確かに特異体質ではあったでしょう。
ぽこ先生がちょうど書いていらっしゃいますが、「みしゃこ」は日本で認可されたばかりのFelVに対する予防ワクチン(当時は単体しかありませんでした)を打った翌年、三種混合ワクチンでアナフィラキーショックをおこしました。
アナフィラキシーですから、例えばなんだか変だとか顔が腫れるなどと言う生易しいものではなく、一気に嘔吐、涎をたらし、脱糞。
お会計も済ませていないうちだったので、迅速な処置で事なきを得ました。
その後はこれといって病気もせず、年をとって、歯は犬歯を二本失いました。
また今年に入ってからは、肛門嚢の化膿もあり、それからしばらくして食欲不振に陥っていきました。
多少は痩せましたが、毛艶は申し分なく、ホカホカふかふかのまま死なせて仕舞いました。
私のせいでしょう。

綺麗なままでした。

お花はほとんどが私のお庭に咲いていたものです。
お庭に出ている私を良く眺めていました。窓を開け放っていても、決して自分からはお外に出ようとしない、お家が大好きな猫でした。
「みしゃこ」が具合が悪くなってから、みいしゃは「気持ちが悪い・恐ろしい」また「おごりを感じる」と言うご指摘をいただきました。
人間の評価と言うのは、その個人がするものではなく他人が判断するものなので、まさしく私はそうなのでしょう。
だとすれば、「みしゃこ」は私の傍に居なかったら、もっと長生きできたのかもしれません。
それなのに、お骨になってもなお、私の傍に居てもらう事にしました。本当に罪深いと思うのですが、私にはそれしか出来ないのです。
私自身は、もう二度と新たに自分の猫を迎え入れないでしょう。
「ちゃあ」と「ある」がまだ残っています。
楽しく穏やかに過ごしていってもらいたいです。
皆々様、ありがとうございました。
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posted by みいしゃ at 17:09| 東京

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みしゃこ
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